千葉貞二

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私の人生の引継書
千葉貞二

私は昭和十六年(一九四一年)十月二日、宮城県栗原郡若柳町北荒町5番地(現栗原市)にて父 千葉勇平、母 モヨのもとに八人兄弟姉妹の末っ子として生まれました。 父の勇平は千葉家の次男で、一旦養子に出されましたが、長男が亡くなったことにより養子先より戻り本家を継ぎました。
母のモヨは岩手県西磐井郡の出身で、旧姓は佐藤。母の兄弟姉妹も八人で、母の一番上の兄(長男)の信平さんと父の弟の政雄さんとは親交が深く、特に信平さんに至っては、私が将来銀行に就職するという選択に影響を与えた人物です。
私の兄弟姉妹は八人で長女:豊子(とよこ)、次女:照子(てるこ)、三女:順子(よりこ)、四女:友子(ともこ)、五女:きよ子、長男:貞(てい)、次男:貞男(さだお)、末っ子の三男:貞二(ていじ)が私です。
姉五人は手に職をということで皆、洋和裁を習っており、特に三女の順子が私の帽子やオーバーを縫ってくれました。一つ上の兄貞男とは歳が三つ違いということもあり、相撲をとるなどしてよく遊んだ想い出があります。小学校の時、一緒に時代劇の映画を見に行った帰りに口喧嘩をした勢いで兄を蹴飛ばして先に帰ってきたということもありました。
小さい頃住んでいた家は茅葺屋根、木の雨戸に木の廊下、障子で区切られた部屋、いわゆる田舎の農家の家で東向きに玄関がありました。その家に父母、八人の兄弟姉妹、祖母の十一人で暮らしていました。
玄関に続く門の左側には大きな梨の木があって、その脇にしゃごみという木や梅の木がありました。家の近く(東方向)に幅一.五メートル程の小さな農業用水路があり、そこでどじょうやフナを捕まえて遊びました。その東側には神社がありました。さらに一〇〇メートル南の方向に幅三メートル程の少し大きな川が流れていて、そこでもどじょうやフナを捕まえて遊んでいました。番犬としてシェパード(メス)、雑種(オス)。を飼っていました。


年 表        

目次

第一章 私のふるさと
(誕生〜高校時代まで) 昭和十六年(0歳) 〜昭和三十四年(18歳)

第二章 社会人時代(徳陽銀行、ユニバーサル証券)
昭和三十五年(18歳) 〜昭和五十五年(転職38歳) 〜平成十三年(定年60歳)

第三章 自分の家庭を持って
(結婚〜現在まで) 昭和三十九年(23歳)〜平成三十年(76歳)

第四章 プライベートそしてこれから

年 表


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